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にゃーにゃーねこ語と美人の裸――イスタンブール編――

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南野 尚紀 

 イスタンブールのねこはとても人懐っこい。

 家やお店の扉の近くにちょこんと座ってて、夜になると、お店やホテルの人にご飯をもらうために、店の中のあかりを眺めながら、ぼーっと待ってる。

 写真を撮ろうとすると、ねこはたいてい、逃げない。

 逃げないどころか、その空洞の心と気まぐれなやさしさで、僕に擦り寄ってきてくれる。

 みゃーん、みゃーん。

 ご主人様じゃないから、好きなわけじゃないけど、気まぐれにじゃれてみるみゃん。

 そんな声が聞こえてきそうなじゃれかたで、緑のストライプの服を甘くひっかいてくる。

 イスタンブール空港と市街地の中間のホテルの近くでは、烏骨鶏やひよこを追いかけたり、木登りをしてる最中にこちらを覗いてみたり、愛らしいじゃたりないくらいかわいいねこがたくさんいた。

 変な話だけど、にこるんみたいだ。

 イスタンブールは、まだ3日目なのにいろいろあった。

 タクシーの運転手に誘われて、ロブスターが出る店に行ったり、街をランニングしてると、突然、トルコ語で声をかけて、肩を叩かれたり、民族音楽をテラス席でやってるお店があって、すごい美人がいたので、歩きながら撮ってたら、水色のシャツを着た大きな男にドラゴンボールの悟空みたいな「わーー!!」って叫ばれて、こっちも「わーーー!!」ってなったけど、見てみたら、単なるジョークだったりとか、夜中の12時に焼酎にも見える透明なお酒の入ったグラスを地面において、アパートのコンクリートの階段に座る寂しげなお姉さんを見たりとか、イスタンブールはとにかくキレイだ。

 もともとはニルファーっていう、イタリアのシエナで知り合った女性と会うためにトルコまで来たんだけど、なかなか返事が返ってこないから心配してる。

 まさか無駄足?
 でもこれだけ楽しめたら、無駄足もなにもない。

 夜中の12時、小学生くらいの子どもが繁華街を歩ってたりするのを見ると、健全さってなんだろうって思う。

 別にいいじゃんって思うし、日本は夜を楽しむってこと忘れちゃったんじゃないかって気がする。

 イタリアもフィレンツェでは特に、夜中まで酒飲んでわーわーやってるし、ああいう街は好きだ。

 イスタンブールには2週間半、仕事をしながら滞在するので、ゲストハウスをAirbnbで予約した。

 ゲストハウスに入るまで、少し時間が余ったので、肉団子の春雨麺をレストランで食べながら、それとはあんまりにつかわしくないけど、妙においしいアイスカプチーノを飲んでた。食べ終わったあと、あまったスープをスプーンで飲みながら、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を読む。

 「あなたといると月にいるみたいに、空気が薄くなる」と電話料金の請求書を作る事務の仕事をしてる女性と、主人公の僕は話す。

 部屋で一夜を明かしたあとだ。

 「月世界の女の人と結婚して立派な月世界の子供を作りなさい」。

 僕はこのフレーズを読んだ時、Leyonaの音楽を聴いてた。

 通りの車の音もかすかに聞こえる。店でひとり寂しげにフライドライスに似たなにかを食べる女性を眺めて、こう思った。

 僕は仁美さんみたいな人と結婚できるんじゃないか。

 ヤマアラシのジレンマという言葉が、心理学の言葉にはある。

 僕はそんなつもりで人と接してないけど、文学の人と仲違いしてしまうのは、強く出過ぎてたからなんじゃないか。

 ふとそう感じた。

 現に肩の力を抜いて作った村上春樹ファンクラブ「羊をめぐる冒険をめぐる冒険」の方が、いい感じだ。

 人間だから、みゃんみゃん言ってるわけにいかないけど、もし今度、仁美さんみたいな人になったら、ちょっと過度に甘えてみようかな。

 まるでお姉さん本能くすぐるみたいに。

 イスタンブールに来てから、霧が晴れたように、いいことばかりだ。

 今日は日本人の隆子さんと、グランドバザール、ブルーモスク、海の見える焼きサーモンがおいしいレストランに行って、気分は最高だし。

 グランバザールで、イタリアの女性の友達、CimikoとGiusyにプレゼントするためのトルコ模様の水色のミラーとアラビアンランプを買った。

 トルコの民族のジッパーがついてるブルゾンも買ったしいい日。

 InstagramとTandemでメッセージを送ったけど、今からどんな返事が来るか楽しみだ。

 アテンドの隆子さんもいい人で、ブティックでトルコチャイとか、トルココーヒ―を店の人にご馳走になったりしたし、なにより、価値観が合うアクティヴな女性で勇気をもらったし。

 昨日、タクシーの運転手と食事してる時に、「イタリアに住む予定なんです」と言ったら、「なぜイスタンブールを選ばなかったんですか」と翻訳機を通して言われた。

 答えは、フィレンツェはダンテ、ボッティチェリ、ピノッキオの伝統がある街だから裏切れないんだ、驚くくらい安心する街だからどうしても他の街にはできないんだ、だったけど、それは言えない。

 おもむろに、「海は好きですか?」と彼に聞いた。

 「大好きです。週に1回、船を使って、旅行をしてます」とのこと。

 イスタンブールはいい。街で見かけたニットもおしゃれだったし。

 それでもフィレンツェは裏切れないんだろう。

 これはにこるんに説得されても譲れないし、アペロスピリッツを飲みながら、陽気に過ごした夢見心地の日々、燃える視線を感じたボッティチェリのヴィーナス、ダンテミュージアムで見た受付の足を台座に乗せて不機嫌そうな女性、ぜんぶが僕を呼んでるから。

 あ、そっか、ピサに住むんだった。

 文学・マンガ喫茶もやるかもしんないし、とにかくフィレンツェは人気がありすぎて、家賃が信じられないくらい高い。

 節制もしないとな。

 ボッカチオの『デカメロン』には、耳が聞こえないふりをして、修道院に紛れ込み、女性とセックスしまくる男性の話や、生き別れの妹と名乗る女性に騙されて、肥溜めに落とされて、そのあと、そこを抜け出し、盗賊団の一員になり、教皇が眠る棺に閉じ込められ、他の盗賊の足を噛んで、棺からサファイアを持って出る男の話がある。

 これはもしかしたら、ダンテの中の物語なのかもしれない。

 いずれにしても、僕はあの日々に見た夢の虜になったから、僕のフィレンツェに対する憧れはやまないし、仁美さんに似た人と結婚したいという思いはずっと持ち続けるだろう。

 仁美さんと似た女性と安心した生活を送りたいから。

了 

#エッセイ #イスタンブール #トルコ #南欧美学 #村上春樹 #ダンテ

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