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時間の翼――観念の時間はなぜ甘美なのか――

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    南野 尚紀  

 イタリア語には時間をあらわす言葉が二つあって、「ora」は現実の時間を表現するらしくて、「tempo」は観念の時間をあらわすらしい。

 現実の時間っていうのは、時計を見れば一目瞭然、時間という概念を数量化することで通常、人に理解されている。カレンダーもそうだし、こんなことは説明するまでもなく誰でも知っていることだから、これ以上説明する必要もないだろう。

 一方で観念の時間というのはかなり複雑で、精神の領域で感得することが多いからか、占星術や宗教を通して説明すると理解されやすい。

 時間っていうのは見たという人間もいないし、具現化した人間もいないけど、そうである以上、時計やカレンダーっていうのはスケジューリングを効率化するためのツールでしかないから、時間の核心を伝えるツールとしては弱い。

 過去っていうのは固定しやすいもんだし、現在っていうのはその前にあるから一見確かなようだけど、移ろいやすくて不確かなもんで、未来っていうのは現在をどうするかで判決が変わるものだからもっと不確かだ。世の常として、そんな前提をみんな知ってるから、現在や未来をできるだけいいものにしよう、できるだけ固定しようっていう考えは、今も昔も変わらないんだと思う。

 その点で言えば、ジャズアーティストっていうのはずいぶん変わってて、移ろいやすい現在の気分をどう表現するかに人生賭けてるから、本質を言ってしまえば、現在の自己定義に真っ向から挑む表現でもある。だからこそ必然、人生の判決は白黒わかれてしまいがちだ。

 写真っていうのは、美しい現在をいかに固定するかに賭けている表現で、その目的にまっしぐらになると、現実の生活から離れた写真になっていくんだけど、その領域に踏み込むと次第に観念的な領域になっていって、結局、写真の本来の強みだった生活や現実の表現から離れていってしまう。

 観念の時間は精神の領域で感得するものだから、言語により創出されたものだと主張する人間もいる。証明こそ不可能だけど、僕の考えでは、観念の時間はもともとあるものを言語で捉えて、そのエネルギーの動きを可視化してるんじゃないかって気がしてる。

 過去・現在・未来を暗示しているとも言われている寝る時に見る夢と、成功を意味する夢は、やっぱり共通点があるから同じ言葉なんだろう。そう考えると、夢を追うっていうことは、どう考えても観念の時間の根源を追いかけるということを含んでいるとしか思えない。

 文学をやるっていったって、別に生活の表現をやったっていいし、仕事のことを書いたっていいし、現実のことを書いたっていいし、それは自由だと思う。

 そう言ってる僕だって、世界の法則のすべてを知ってるわけじゃない。

 それでも仕事を優先した上で、観念も追いかけた方がいいって判断したら、そう考えて動くのがベストなんだろう。

 エレクトラっていうのは、弟のオレステスに母親を殺害させたことで有名なギリシャ古典の悲劇のヒロインだけど、実は観念の時間を考えることが相当好きだったんじゃないかって気がしてる。

 観念の時間が甘美なのは、それが存在論に関する熟考の結果で、現実にそれが表出する一瞬を世界が永遠と定義したくなるからなんだろう。

 メイキングエポックの奥義は永遠の創出。

 そうであるが故に、古今東西、人は永遠に古びない価値を求めるんだろう。

了 

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