南野 尚紀
日本語では、「悪い人間を避ける」という言葉を使うと、相手が悪いにも関わらず、こっちが冷たいかのような言葉のニュアンスが出る。
なので、共同体の言葉として使われがちなのは、「悪い人間から逃げる」の方だ。
だが、「悪い人間から逃げる」という言葉を使うと、こっちが敗北し、降参して逃げたかのようなニュアンスが出てしまう。
僕は心の中でもそうだけど、「悪魔を避ける」という言葉を使うようにしている。
なぜなら、天国から神様、女神様が見ているという宗教的意識の他に、悪魔にも見られているという認識を持たざるを得ないからだ。
心の中で、もし「悪魔から逃げる」と考えたなら、悪魔は敗北の意識を持っているらしいという一方的な決めつけができることになる。
言葉というのは、会話、文章においてだけでなく、心の中においても重要だ。
言葉をキレイにすることは、心をキレイにすること、認識を向上させ、人生のすべてを向上させることにつながるのだから。
日本語には、「避ける」を意味する言葉は、「回避する」、「避難する」、「よける」の4種類くらいしかないし、それぞれに意味がすれ違っているが、英語には、英辞郎という辞書で調べた限り、自動詞、他動詞、イディオムを含め、35種類あった。
「duck out of」は、「(責任、仕事、攻撃を)避ける」という意味だが、ダックのアヒルを使っている時点で、マイナスのニュアンスがあることは明らかだ。
これはイギリス人の世界に対する捉え方と関係があるだろう。
この言葉には、責任、仕事から逃れると、攻撃も避けられるという哲学を含んでいるのかもしれないし、責任、仕事からは、攻撃を避けるためだったら逃れていい場合もあるというのは、ふつうの考え方だ。
「Play hide and seek」という言葉も、「避ける」という意味がある。
「隠れる」、「追いかける」を「演奏する」が、「避ける」の意味になるのは、逆に悪魔を追いかけることが悪魔を避けることになることと繋がっているからだろう。
ストーカーもそうだ。
追いかけることで追わせないという対策はある。
隠れることが避けることに繋がっているのは、わかりやすい。
悪魔に取り憑かれていると感じたら、ひと目につかないところで休憩するのもひとつの手だからだ。
E.Mフォースターの『A Room With A View』は、日本語では『眺めのいい部屋』と訳されるが、フィレンツェにやってきたロンドン人の話だ。辞書で調べながら読んでいると、スパイ用語を思わせる言葉が英語に多いことに気がつくし、ふつうに使われている言葉の中にもスパイ用語を思わせる意味があるという気づきもある。
しかし、天国には、「避ける」、「逃げる」という概念はないし、スパイという概念もないのだろう。
すべては悪が前提になっている言葉であり、天国には悪は存在していないからだ。
悪を封印するために地獄があったり、地獄の底では魂が消滅する世界もあることを考えれば、それはすぐにわかる。
そうであるがゆえに、愛から逃げるということも地上でのみ起こることなのだろう。
天国では結婚は至上の価値のようだし、愛から逃避する理由もないからだ。
地上も、仕事、現実の事情、悪魔の攻撃があるという理由で、運命の結婚を逃さない世界になるといいと僕は心から願っている。
了