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評論 保坂和志 第79回 『鉄の胡蝶は記憶は夢に歳月を掘るか』  日本的な受難の意義と分かれ目、女神、神、仲間の常態的偏在の意味とは

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南野 尚紀 

 文芸雑誌『群像』に掲載されている、保坂和志さんのエッセイ調の小説『鉄の胡蝶は記憶は夢に歳月を彫るか』の第79回は、前回、評論を書いた第75回よりも内容が濃厚であった。

 ジャズマンのジョン・コルトレーンが「Giant Steps」でスリートニックの手法を使っていると、以前、ジャズマンから聞いたことがある。

 モーダルインターチェンジに従って、法則的に作曲をしているわけではなく、明らかに、トニックが3つあると思わせる書き方で作曲していく方法だそうで、これは小説で言えば、主人公が3人いるようなものなのそうだ。

 中上健次もジョン・コルトレーンが好きだったが、おそらく「海へ」は、その手法を小説化したものと考えられる。

 ダンテの『神曲 天国編』は、天国の中心にどんな人物がいるか、どんな人物がいるべきかを描いた作品だが、それはダンテとベアトリーチェを中心とした結婚式のようなものでもある。

 ドストエフスキーの作品を通読したことはない。しかし、冨樫義博、鳥山明のマンガのように群像劇になっているものが多く、本当の意味で全人格的なものなのだろう。

 僕はイタリアンジャズが好きなのだが、理由は、メインメロディーがアドリブの時に、どこをなぞっているかわかるように演奏することがよくあるからだ。

 保坂さんの小説も実は、メインメロディーのどこを今やっているのか、つまり、どんな人間を意識して小説を書いているのかがわかるような言葉が内在されていて、それが3トニックの主人公のどの人物を意識した部分を今、演奏しているのかがわかるように演奏しているのに似ている。

 プラトンの対話篇も似ているところがあるのだろう。

 僕は浮気性ではないので、好きな女性のこと以外は一切書きたくないけど、三島由紀夫、石原慎太郎、中上健次という、日本で殉教した人々を裏切るわけにはいかないという意思があるので、時々、その3人やそれらにまつわる人々のことを書くこともある。

 実際は、それは義理からでもあるし、信仰心からでもある。

 その点、保坂さんは浮気性すぎるというか、節操はあると思うけど、あまりにも奔放にいろんな人のことを考えて、小説を書きすぎているんじゃないかと思う。

 と言うのは、奥さんという大切な女性がいるのに、他の人のことばっかり考えてるのはよくないんじゃないか、奥さんへの忠誠を誓ったほうがいいんじゃないかと、余計なお世話と保坂さん本人と世間からは言われそうだが、率直にそう思うからだ。

 石原慎太郎は、エッセイ『男の粋な生き方』で、『イタリア式離婚狂奏曲』は、もっと好きな女性のために、今、結婚している女性を殺害して、次の女性と結婚するということを繰り返す男の映画だが、それは離婚を是としないカトリックの考え方が反映されているのだろう、しかし、日本の有名人が「不倫は文化だ」という発言をしたが、結婚した女性を殺害するくらいなら不倫してもいいと俺は思うねと話していた。

 僕は、不倫は最低だと思うけど、日本文化の背景には結婚・恋愛を至上とする価値観とは別のものがあるのだろう。

 話を小説に戻すことにする。

 この小説は冒頭が最高だった。

 神話・神学というのは実に、男性に有利だからだ。

 実は天国の中心に、神のような男性より多いと思われる女神のような女性に有利な精神分析などの考えを、もっと神話・神学に織り込むべきだと僕は考えている。

 「アンガージュマン」の理論は、その人に内在する善性次第なのだろう。

 例えば、絵が上手くなりたいから、フィレンツェに飾られているダヴィデ像の模写をするというのは自由だろうけど、その腕を折って、秘密裏に転売などしたら、それは悪だ。

 山本伊等の話も、考えようによっては、歴史の授業をやっている教授が質問を募った時に、幼少期にあった辛い出来事の話、それも重要でない瑣末なこと、些細な後悔の話を持ち出しても教授は困るだろうということに話としては似ているし、神そのものになりたいと思っている人間の邪魔になることはよくないことだ。

 むしろ言うなら、かつて未来予測の話も含め言うが、ノストラダムスの大予言、東ヨーロッパの問題というのが僕の中にある。

 ノストラダムスの大予言が当たったから、2000年代から文化が衰退し、ロシアの軍事侵攻へと向かったのだろうという話だ。

 それは、ソ連崩壊後、東ヨーロッパの伝えていたストーリーを世界が聞かなかったから、2000年代から意味のない芸術が世の中を席巻し、ウクライナのドンパス地域の親ロシア派武装勢力に抵抗しているウクライナに対し、ロシアの軍事侵攻に至るが、それに手を貸さない国が多くあるという現状にもつながっているし、中国人も日本のマンション土地を買っているが、それに抵抗できないという現状があるということにつながっている。

 結局、女神のような女性からほとんどみんなが逃避したから、世界は狂ったんだろう。

 プラトンの『国家』に書いてあるイデア論には、洞窟の例えがあり、女性にロウソクで影を見させられることをやめて、地上に出ようという話があるが、洞窟は実際には天国であり、天国から逃げるのであれば、あなたは天国に入らなくてよろしいということになる。

 「ダンサーが踊っている時の感覚は、動画ではわからない」という話は、僕には強い共感がある。

 ジャズもそうだが、その瞬間のフィーリングが大切であり、いつでもジャズの神様を降ろせるかどうかは、確かに、時代に応じて、表現されるべきシュチュエーションなどが変わる以上、表現の核心なのだろう。

 作品を読む時の没入感も同様で、冷めた視線で小説を書いている人間の小説というのは、作品に呼ばれているような引力がなくて読むのがしんどい。

 現在を生きることが大切、人が写っている写真を見るとその時、その空間でその人が生きていたという感覚があるという話は、難しい問題を含んでいる。

 今、生きているその瞬間瞬間が、意味ばかりで満ちていたら、特にマイナスな意味で満ちていたら、さすがにしんどい。

 もちろん休憩というのは必要だが、どの瞬間にも、女神、神、仲間が偏在しているという感覚、もっと言えば、その人の本質的なメッセージ、魂とも言えるが、その偏在を感じるということはしあわせなことであり、保坂さんは現在を休憩としか捉えていないのかもしれない、未来よりも神学的、女性学的な意味での至福は、この偏在を感じることだということをどう説明すれば納得してもらえるか、いずれ思いついたら保坂さんに話そうと思う。

 僕が思うに、ある人が生きていたという事実を残すことは大切だと思うが、特殊な苦しみを味わった人、戦争に参加して戦った人が文化的な形で、優先的に残るということは妥当で、かつそのことが伝わることがこと大切だ。

 山本伊等もデレク・ベイリーも、素晴らしい部分がある。

 デレク・ベイリーの音楽はしばらく聴いていないが、受難曲の現代版のようなところがあり、実際、神学的な背景がない人にも、同じく苦しんでいる人の叫びを共有でき、それでともに耐えることへの覚悟をもらえるという意味では非常にいい。

保坂さんは、「小説は未完のままでもいいということをカフカから教わった」と書いているが、小説のラストというのは結論であり、僕がジャズを聴くよろこびは、最初のメインメロディーから、精神がどう成長し、どう結論を出したのかを聴くところにあるように思え、精神的な成長がないということは、ある意味では精神的な決着をつけないということを繰り返すことになるので、芸術家によくある精神的な病に陥ることになりかねない。

 カフカの『審判』のように、受難に耐えたのちに、敵との決戦が用意されていればそれでいいのであるが、日本文学というのは、自殺をしてしまったり、精神病を肯定したりするような人が多い気がする。

 僕はフィレンツェに行くので、三島由紀夫のように自殺することはないけど、精神的に屈従するなら自殺してもいいという覚悟で文学作品を書き続けてきた。

 もちろん、みんながそうすべきということはないけど、エヴァンゲリオンのように、自分を不幸に追い詰めた人間を肯定して、屈従を味わいながら生きるのはいいとは思わない。

 保坂さんは非常に気骨がある方であり、僕と考え方が日本の作家でいちばん似ているので、今後も保坂さんを応援したいし、イタリアで作家とのつながりができたら、計画しているカルチャースクールの対談企画などで交流していただき、ぜひ保坂さんの作品を世界に認めてもらえるように全力を尽くしたいと心から思っている。

了 

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