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文学あれこれ雑記 第9回 貴種流離譚と土地、天国論――アントニオ・タブッキ、ディーノ・ブッツァーティ、フランツ・カフカ、ダンテの異国、異次元の旅――

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 南野 尚紀 

 文学作品の中には、貴種流離譚と呼ばれるものがある。

 それは、偉人気質の人が別の土地や異次元を旅して、そこでなにしらを得て、祖国に戻ってくる、あるいは、戻ってこないというものだ。

 この貴種流離譚にジャンル分けできる作品というのは、数多くあるが、貴種流離譚の中でもいくつかのタイプがある。

 『ロビンソン・クルーソー』は、貴種流離譚の典型例とされるが、これはイギリス人が無人島に漂着し、その後も、なるべくイギリスでの生活スタイルを崩さないように過ごすという話だ。

 『ロビンソン・クルーソー』は大英帝国の初期植民地生活のモデルとされたという話を島田雅彦が書いているのを読んだことがあるが、要するに、『ロビンソン・クルーソー』は無人島に対して、「未開の地はいけない」と説教しているようなところがあるのだ。

 アントニオ・タブッキの『インド夜想曲』は、失踪した友達を探し、インドを旅する男が、ゴアに向かうのだけど、その途上、同じ友達のことを忘れられない売春婦に会ったり、心臓に人間の精神の本質があると考えた上で、心臓外科医になりたくてスイスに留学をして帰ってきたけど、実際には雑用に近い仕事をさせられている医者に会ったり、駅のプラットフォームでベレナスに自殺しに行くと話す男と会って、魂と肉体の話をしたり、好きな男性からお金を騙し取って生活している盗賊の女性に会ったり、猿のような姿をした兄を肩に乗せて、占いをしている少年に会って、占いをしてもらったり、神智学協会の男と会って、文学の話をしたり、演技の上手い狂人の男の夢を見て、その後、看病してくれる神父に会ったり、郵便配達をしていたけど、ゴアを夢に見て移住した男と会ったり、レストランで美人の女性と会って小説の話をしたりという内容だ。

 この小説はインドにいる西洋気質の人間と出会う物語であり、さらに言えば、インドでヨーロッパとはなにかを再発見する小説でもあり、かつ西洋文明とはなにかをインドに伝えようとしているものでもある。

 ディーノ・ブッツァーティの『タタール人の砂漠』は、中東とアジアのあいだにあるタタール人との国境線にある要塞に感動し、そこに軍人として務めた男が、結果、見張りをしたり、幻聴を聴いたり、軍人仲間がひたすら辛い行軍をしたりするのを聞いたりして、最後、戦える段階になった時に体力が尽きて死んでしまうという話だ。

 これは異国の地での敗北と後悔を描いた小説であり、本質的には、カフカの『城』に似ている。

 『城』の舞台は具体的な土地ではなく、どの国にもある城のような場所の近くの町であり、要するに異次元に流離し、そこで迷ったり、耐えたりするという小説なのだけど、これも異次元の地における敗北と後悔を表現している。

 ダンテの『神曲』となると、地獄に説教をしに行き、実際に作中では地獄の人間を断罪するし、煉獄では、ひたすら罪を浄化するために耐えるし、天国では、理想のフィレンツェ、祖国、魂の祖国の正しい在り方とはなにかという問いを通り越して、自分の理想の国を作り上げたりもした。

 『神曲』は異次元の世界を描いているにもかかわらず、実際に見た世界を反映させて、その本質とはなにかを描いている部分もあり、実際に地獄、煉獄、天国というのは、生前にも死後にもあり、それが普遍的事実として、どう存在しているかを類推して書いている部分もあるのだけど、その複合的な表現はダンテにしかなせない業なのだろう。

 貴種流離譚も極まって、土地に対する理想が高くなると、作品に含まれる問いが、天国がどう存在しているか、だけでなく、天国とはどう存在するべきで、現実もそうあるべきだという説教に到達するのだ。

了 

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