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文学あれこれ雑記 第8回 なぜ文学には恋愛小説の体を取ってない恋愛小説があるのか--アントニオ・タブッキ、スコット・フィッツジェラルドの恋愛観--

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南野 尚紀 

 文学作品にはストレートな恋愛ものというのは、意外にも少ない。

 いわゆるNET FLIXのドラマにあるような、付き合って、別れてというようなわかりやすい一般的な意味での恋愛作品というのはそうそうない。

 その実、作家というのは、そもそもふつうでは考えられないような複雑で、高度な恋愛に挑む人が多いから、そうなんだろう。

 つまり、社会的な常識の枠を超えたハイレベルな恋愛に挑む人が多いということだ。

 英雄と作家はまた別だけど、ハイレベルな恋愛に挑む人もいるという意味で、英雄と作家には精神的な共通点がある。

 恋愛小説の体を取っていないけど、実際には相当に恋愛が意識されている小説というのはある。

 例えば、アントニオ・タブッキの『レクイエム』。

 あの作品は、真夏のリスボンの街を彷徨いながら、魂の世界と現実の世界が渾然一体となった世界に入り込み、過去に死んだ友人と会い、大統領と接見したことを誇りに思っている美術館のバーのバーテンダーと酒を飲み、美術館でヒエロニムス・ボスの絵画の一部を拡大した模写をして、お金を稼いでいる画家と絵画の話をし、昔、住んでいた灯台の近くの部屋に戻ってきて、灯台守のように灯台で一夜を過ごしたことがあったということを現在の大家と話したり、バーで紳士と高価なワインを賭けて、ビリヤードをやったりしたのちに、ポーランド人女性のイザベルの魂に会いに行き、最後に、すでに死んでいるポルトガルの詩人・フェルナン・ペソアに会う。

 恋愛に出会いというのはつきものだけど、世の中には不思議な恋愛がある。

 どういう不思議さかというと、特別な恋愛というのは、相手の女性と関係のある人と出会うことと、女性と恋愛することがつながっていることがあるという不思議さだ。

 出会いだけでなく、ある女性を愛すると特定の経験をするらしいという法則をタブッキは知っていて、その法則を小説化しているし、それは小説でこそ表現しやすことだと僕は感じている。

 つまりハイレベルな恋愛というのは、精神的な旅を伴うものなのだろう。

 結婚というのは、単に本人と交わした会話の中で合意が得られるかだけでなく、他の人との関わりや経験の中で見たもの、聞いたものに同意できるかも関係がある。

 理想としては、明らかにある特定の女性、イザベルに似ている女性だったら、その女性になるわけだけど、その女性と結婚したい場合、会ったタイミングでその話をそれとなくしてみるのはいいことだ。

 たとえば、僕は静岡の伊東に友人と3人で遊びに行った時に、灯台の下まで行ったことがあった。

 その時の話や、灯台守になりたかった男の小説を書いたことがあるという話をイザベルに似た女性と会った時に話すと、好印象を得られるのかもしれない。

 スコット・フィッツジェラルドには、「氷の宮殿」という短編小説がある。

 アメリカの南部の田舎で暮らしていた女性が、土地の粗野な男性と仲良くしていたが、ある日、北部の都会に行く。

 彼女はパーティで、大学教授でイプセンの『人形の家』の話をするおじさんと出会い、意気投合するが、その後、氷の宮殿で道に迷い、凍死しかけて帰ってくる。

 最終的に彼女は南部に帰ってきて、こっちの方が気楽でいいというような判断をして、南部の男性と会話して、小説は終わるのだけど、これも恋愛の法則なのだろう。

 ナポレオンに2番目の妻・マリ・ルイーズというオーストリアの皇女と結婚するが、最終的には、「彼女は賢いが、弱いところがある」と言い、死ぬ寸前に。最初の妻・ジョセフィーヌの名前を口にする。

 都会での恋愛よりも、田舎で出会った女性の方がよかったというのが、両者に共通しているテーマだけど、これも愛を確認するために必要だったことなのかもしれない。

 『レクイエム』も、ダンテとベアトリーチェの恋愛を意識して、タブッキが小説を書いたことは推測ができるし。

 このように作家は、女性とデートしている時間以外に存在している恋愛の時間について考えて、書くということをよくする。

 つまり、一部の文学作品というのは、デートする時間までの準備の時間を高度な次元でやっているということなのだ。

了 

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