南野 尚紀
僕が先日、イタリアで書き終えた小説「Ragazzo」は、女性への信頼が強い男性が、男性に政治の話を聞き、男性との信頼を大切にするっていう小説で、その実、ホメロスの『オデュッセイア』の批評を含んだ内容でもあったんだけど、やはり僕は女性の美学に関心がある。
女性の精神は内に向かって果てなく深い。
今、TUBEの曲「夏が咲く」という曲を聴いてて、冒頭に「嫌なこと嫌と言えなくなる、あたしも歳かしら」というフレーズが気になってる。
確かに女性はそうだ。
女性らしさを守る女性ほど、次々出てくる若い女性の目線を気にして、自分の老成した視線に対する自信がなくなることがあるみたいだ。
僕はおじさんとおじいさんは偉大だと思うし、おばさんのやさしさ、おばあさんの知性にはかけがえのないものがあると感じるから、若さにはそんなに価値を感じてないんだけど、その実、僕に対して周囲の人が求めるものが、若さ、しかも自分が男なのに、お嬢様らしさだったりする。
僕は一般人だし、男だという自覚が強くあるのに、過去にいちばん好きだった女性に近づくために、お嬢様になりたいという感覚がある。
なぜなのだろう。
こんなに理論武装で、共産主義者を打ち倒しても、瞬時に敵を倒したいという思いが、自分の知能をビルトアップする。
なのに、僕は彼女と一体になりたい。彼女に都合のいい僕のあり方、それが男ではなく、お嬢様だったなんて。
彼女は保守なのに、レズビアンだけには賛成してるらしい。
アニマ。
男性の中に潜む女性性。
僕はあなたの中にある男性ともセックスしたい。
女性性を責めて、もっと女性にしてほしい。
ゲイ、トランスジェンダーに反対する理由はある。
ヘテロなのに、レズビアンだけは悪いような気がしない。
深い愛を知っているからだ。
キレイな愛にみんな奉仕しなくてはいけない。
女性に帝国のために、仕事をしよう。
身体的な距離を縮めるには限界がある。
魂の距離の近さは無限にある。
もっと近くなりたい。
なぜ。
僕は彼女になりたいからだ。
ポーランド女性になりたいからだ。
彼女が遠ざかると、彼女が極大に見える!
あの人もきっと同じ気持ちなんだろうと感じながら、彼女に跪拝してみたい。
理由は『旧約聖書』よりダンテの『神曲』より前にあるのかもしれない。
彼女になる快楽。
もっと彼女になって、彼女に犯されたい。
このよろこび、美学は他にないだろう。
倫理に守られて、感じている快楽なのに。
死んでも得ることを望む、まっすぐな本質への眼差し。
直感的なイメージが言葉を掴んで、引き止めようとする。
東ヨーロッパの彼女たちが引き止めても、値段だけが加速的に上がっていく。
それでも、生活は重要だ。
なんで、朝、歯を磨いて、紅茶を飲んで優雅な時間を過ごさなくちゃいけないんだろう。
時間がない。
時間はずっと先まであるのに、そんな感じがする。
彼女が保証した時間なのか。
じれったい気がする。
もっとキレイにしていたい。
愛する女性、もっとキレイにしていてくれ。
王女であるべき人。
僕は彼女が好きだ。
僕の美学が彼女を追い越さないように、彼女にそばにいてほしい。
天国の恋愛はこんな感じなのだろうか。
もっと天国に近い場所で恋をしたい。
了