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フィレンツェ都市観察ログ No.7 街に立っている人、過ぎ去るもの、残り続けるもの

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南野 尚紀 

 スナップ写真というのは、ふと目を向けた瞬間に、街の本質が浮かび上がるキレイな瞬間をシャッターに収める種類のものであるがゆえに、その街の本質をよく理解してないとうまく撮ることが難しい。

 本質が浮かび上がるのは一瞬。

 それを捉えることは、街を愛する上で大いに意味がある。

 僕個人は、 Firenzeは夜の方が絵になると感じる。

 ヨーロッパはどこでもそうなのかはわからないが、イタリアは街に立っている人が多い。

 待ち合わせをしている人、タバコを吸っている人、スマホを眺めている人、ジェラートを食べている人。

 街に立って、街を見張っている人が多いのだ。

 石像だってそうだ。

 今日もヴェッキオ橋の南側には、ペルセウスがメデューサの首を持って立ってた。

 彼もまた、アーティストによって、塑像され、作り手、そして鑑賞者のエネルギーによってペルセウスとしての魂が宿り、動くことなく街を見張っている。

 僕もいずれは、この街に住み、時々、街のことをよく知った上で、街を見守る側の人間になるのだろう。

 そして、この街のことを書き、写真にも撮り、不動のものを残せるかはわからないが、肉体は滅び、この世から消え去る。

 人々がバトンを渡してつなぐように、人は流動するが、その流れは絶えない。

 この街も多少変わったところで、ずっと変わることなく残り続ける風景も多いだろう。

 この街に息づく神話の匂いと、自然の風景、そして、夜の浅い時間には、ポップスやジャズがストリートミュージシャンによって、響くこともある。

 この街に住むと、人々がFirenzeを見守っていると同時に、Firenzeという街が人々を見守っているという感覚が強く湧いてくる。

 特に夜、この街がやさしくなると感じる。

 生活を重んじる気風が一層、この街をそうさせているのだろう。

 イタリアでは、遊びのついでや仕事帰りに軽くスタバでカフェラテを買っていくのと同じように、ジェラートを買って食べる人がいる。

 僕も散歩の帰りに、ジェラートを食べたが、その時にこう思った。

 僕はこの街で、愛する仁美さんに教わった美と愛を丁寧に育てたい。

 そして、いずれこの街で彼女と似た人と結婚して、幸せに暮らしたい。

了 

#フィレンツェ都市観察ログ #Firenze Watching City Log

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