Firenze shopping log

フォトエッセイ マヨナカベル 第6夜 夜と無意識の箱

96 Views

南野 尚紀 

 最近、写真を撮ってる影響で、夜の散歩が楽しみになった。

 今日もいい収穫があるかなと、散歩に出る前にスウェットに着替えてる時に、ワクワクしてしまうくらい。

 いつからそう思うようになったのか知らないけど、僕は夜という時間が好きだ。

 静かだし、世の中のことについて、哲学的に考えるのがふさわしいのは夜だという感じがしているからかもしれない。

 いつも通り、家を出て、鎌倉高校前駅の横を通り過ぎ、134号線を歩く。

 ここにいるのも明後日まで。

 フィレンツェのゲストハウスは、ヴェッキオ橋から南に下ったところに借りることができて、うれしい思いだ。

 いい部屋だといいけどな、ゲストハウスは時々ハズレもあるからな。

 そんなことを思ってる、今日この頃。

 七里ヶ浜の方にはいい感じのレストランが多いので、食べに来ればよかったと思ったけど、体調が悪い日も多かったので、仕方ないと思いながら、通り過ぎた。

 通りにキャンプファイヤーみたいに火が灯されている松明が立ってて、驚く。

 スマホのカメラを回していると、意外なタイミングでいい風景が画面に映ることがある。

 写真を撮る時、空をメインにするとか、街灯をメインにするとかコンセプトを決めないと、キレイな写真にならないのは基本だけど、その逆に、なぜかテキトーに画角に収まった写真を反射的に撮ったらいい写真だったということがよくあって、それがなぜなのかは推測しかできない。

 エッセイもそうだけど、強烈な意志を働かせて書く場合と、無意識の箱を心の中で開けておくような感覚で、自然にそこに吸い込まれたものを書く場合、2つパターンがあって、その無意識の箱には、アイディアの源泉になる知恵がないと、いいものが吸い込まれてこない。

 だから僕は本を読んだり、人としゃべったりするのが好きなんだけど、それはある意味で、知識のお風呂にお湯を入れているようなもんなんだろう。

 意志を強く働かせて書く場合、一方通行の力が強烈に働くけど、それと無意識の箱を開けて書く場合が違うのは、全方位から引力が働いて、その総体としてのアイディアが出てくることだ。

 世の中には直感が強い人がいて、そういう人って大抵、説明的じゃない方法で人に物事を理解させる力とか、人を魅惑する力が強いんだけど、そういう人は全方位からの引力を自然に受けて、物事の総体みたいなものを自然に伝えられる人だと思ってる。

 僕はそういう人が好きだから、そういう能力を持つ人に憧れる。それとは別に、エッセイももっとジャズのアドリブみたいに、無意識的に心の奥から出てくるものを表現したいし、惑星の運行に象徴されるように、すべての惑星が引かれあってるっていう意識で、もっとエッセイを書いたり、日常から物事を考えられたらなって思う。

 家に帰ってきて、オンラインで英語のレッスンを受けたあと、ダンテの『神曲 煉獄篇』を読んだんだけど、ダンテの「天の法が祈りで曲がるのはおかしい」という質問に、ウェルギリウスが「ベアトリーチェがなにかを言うまでは、判断を下さない方がいい」ということを話している、というか、ダンテがそう書いている。

 僕が思うに、ベアトリーチェっていうのは、すべてのものは関係しあってるということを的確にかつ深く理解して、その関係性の質までを直感でわかって、表現もできる人なんだろう。

 そうだとすれば、ダンテがあれだけベアトリーチェに固執してた理由もよくわかる気がする。

 理屈ではないものを、一撃で掴んで、表現できるっていうのは、すごいなって思うし、そんな女性に恋をして文学をやったダンテもカッコイイ。

 話はだいぶ横道に逸れたけど、そういうスピリチュアルな話や神話の話が好きだ。

 こういう話を理解してくれる女性と結婚したいけど、出会えるかなぁ。

 フィレンツェで文学と結婚がうまくいきますように。

了 

#エッセイ #フォトエッセイ #美学 #マヨナカベル #ダンテ

#essay #photo essay #aesthetics #Midnight Bell #Dante

コメント

この記事へのコメントはありません。

関連記事

フォトエッセイ マヨナカベル 第1夜 やさしい夜に出会うための旅

サブカルサウダージ 第7夜 益田ミリ 『そう来る? 僕の姉ちゃん』続編 僕たち、特別だって思わない?という恋愛への思い、勝手に期待値を上げまくって、女性にイラっとするのもうやめたい

評論 保坂和志 第80回 『鉄の胡蝶は夢の記憶に歳月に彫るか』 保坂さんは来世、AfDの党首になり、ドイツ首相として国家を統治し、ヒトラーみたいな女性と結婚するだろう

フィトエッセイ マヨナカベル 第3夜 やさしさと癒しも精神美、あの人を客観的に見れるようになってきた

評論 アニー・エルノー 「嫉妬」 女性学者が好きというだけで、天上界への生活について真剣な彼女と別れるのは確かに酷すぎるとも僕は思う

出会いを待つ時間、愛を考える時間、高度資本主義の終わりの美と新たな時代の美

SienaのRebeccaはあたたかい本屋、結婚と仕事のために今はイタリアのやさしさに甘えて、静養しよう

PAGE TOP