南野 一紀
日本でもずっとそうだったけど、ここローマに来ても、僕は音楽好きだから、基本的に音楽を聴けるタイミングではずっと音楽を聴いているし、もしそうでない場合は大半、ラジオかYouTubeかこっちのテレビを見ている。
音楽の場合、ジャズとかボサノヴァとかも多いし、テイラー・スウィフトとか、ラウラ・パジーニとか、欧米のポップスも聴くんだけど、やっぱりたくさん聴いちゃうのが二歳の頃から拝聴仕っているこのひと、我らがビーローZARD・坂井泉水。
この人の曲、聴けば聴くほど深みがあって、主に歌詞に発見が多いんだけど、昨夜も夜中目が覚めてしまったから、少し英語の練習がてら考え事でもするかってことで、彼女の曲をまどろみの中で聴いていたんだけど、おどろくような発見があった。
昨夜、聴いた曲は、彼女の自薦アルバムにも入っていた「世界はきっと未来の中」で、この曲シングルカットの時のジャケもかっこよすぎるくらいかっこいいんだけど、歌とその歌詞はそれと同じくらいかっこいい。
落ち込んだ時も 何を言っていいかわからない時も
声が聞きたくて
信号が青に変わった瞬間
強気が吹き飛んだ
これ「世界はきっと未来の中」の歌詞の冒頭なんだけど、出だしからかっこいいなぁ、僕が思ってたこととちょっと似てて、落ち込んだ時も何を言っていいかわからない時も、声が聞きたくて、って、ここ、人の声なんかうんざりして聞きたくないくらいの時でも、あなたの声だけは聞きたいとずっと思ってるっていうことだと思うんだけど、言葉を大切にしたひと、他の歌にもあったけど「たたみみかかける言葉」をあれほど重視したひとが、こんなことを歌にするっていうのもいいなぁって思ったし、僕個人も落ち込んでても、最高でもこのひとの歌だけは聴きたいなぁって思ったからうれしかった。
おそらくだけど、強気が吹き飛ぶことと、進めの意味がある青信号のイメージが彼女の中で繋がっていて、これが彼女の中の未来のイメージと直結なんだろう。
はい、次。
好きになれば 欠点も見えなくなる
媚びない人だから信じてる
好きになれば欠点も見えなくなるというのは事実だし、いいことなんだろう、それでも媚びないひとだから信じてる、これはどうかなぁ、逆に彼女も彼女の中の男性も、そういうところがあったから、そこをブラしたくないみたいな、ちょっと深読みがすぎる気がするけど、そんな感じもする、彼女の歌聞いてると。
世界はきっと未来の中
白い夏の扉開けて
夏と未来のイメージが繋がってるんだ、へー、現在じゃないんだ、まぁこのひと、過去がちょっと自由と罪悪に溢れてて、未来は割と不自由でスピーディーだけど、美学がそんなに深くないみたいなそんな感じあるから、僕は夏は圧倒的に現在のイメージあるし、このひとも「どんなに時を縛っても解ける」ひとだから、僕には到底およびもつかないような深みがあるんだろうなぁ。
すべてはきっと輝く
愛しいあなたのために
献身的でいい女性だなぁ、あなたのためだけに世界が輝くって、この歌詞、もちろん僕のことなんか言っているわけじゃないよ、会ったことなんか一回もないんだから泉水ちゃんと、この歌聴くと、それでも前向きに生きてこうって気持ちにはなるよね、こっちは好きだから笑
はい、次。
無難な道ならいくらでもあるけど
今はあなた以外考えられあない
胃が痛くなるほど
こんなにハマるなんて
価値観が吹き飛んだ
これもわかるよね。価値観って結局、無意識まで浸透させなきゃ意味なくて、体が不調な時こそそれがわかる時がある、じゃ弱くて、常にこれがないとダメっていうことと、瞬時の判断と未来、そして今、あなた以外考えられない瞬間が未来に直結してるという事実でもある、つまり今のあなたへの想いに没頭することが未来に繋がってるっていうこの人生の美学っていうのか、いいよねぇ、かくいう僕もちょっとはそういうところなくもないから笑
あなた疑う 私のこころは
きっと私の迷いなのです
ここ、「あなたと疑う」のあいだに助詞の「てにおは」がないのがすごいなぁ、「あなたが疑う」なのか、「あなたを疑う」なのかわかんないところ、はっきり言えば両方なのかなぁ、あなたが「私を疑う」こころが、私の迷いでもあるし、私が「あなたを疑う」こころが私の迷いだってことでもあるのか、きっとそうなんじゃないかって僕も思うけど、僕も強くそう思う。
世界はきっと未来の中
カーFMが海に響く
時が経つのが早いね
最初の頃 そうだったように
ここは深い哲学とかほとんどなくて、スッとしてる感じがするねぇ、吹っ切れたっていうか。ちなみに泉水ちゃんは松本孝弘に「ラジオ好きだねぇ」って突っ込まれるくらいラジオ好きで、ここで自分の好きなものちゃんと持ってきたかぁみたい感じ、ファンでもある僕にはすごく響くんだよなぁ笑
風のパワー何かを伝えたい
でも言葉じゃ伝わらない
世界はきっと輝く
決断のその時が来たよね
ひとが未来を追いかけるとき。
それは言葉も追いつかないくらいの感覚で忙しく生きるってことだ。世の中いろんなひとがいるけど、彼女の中ではそうなんだろうし、僕も少なくともそういう感じするし、むしろ言葉に常にに追いかけられる感覚がないと作家じゃないみたいなね、彼女もそういうところあったんだろう、文学はだいぶ好きだったみたいだし。
決断のその時がきたよねは、世界の決断でもあるし、その時の彼女の決断でもあるんだろう。
この曲は僕は大好きだけど、セールス記録としては。オリコンランキング二位止まり、連戦連勝だった彼女にはめずらしい、でも彼女はそんなこととうに気にしてなかっただろう、自分の好きなことをいかに書くかに、人生を賭けた人でもあったから。
未来というのは少し自由で単純明快、過去は自由で気楽で罪悪に満ちてる。
かくいう僕もそうだけどだからこそ、現在こそを愛したのだろう!
ロマンの形はいつでもそう、モデルと同じで、今その時代に輝けるかだと相場が決まっているんだから!
このひとの曲、一生聴き続けることになるんだろうなぁ、ローマでも。結婚しても聴くんだろうきっと。浮気ではないし、曲聴いてるだけだから。
そういえば、最近、イレネ・バジェホっていうスペイン作家の本、英語の勉強がてら読んでるけど、なんでも古代ギリシャの名作『オデュッセイア』のオデュッセウスのことで、現地の人のこころをわかる旅人とされてもいるけど、トレースなしで、盗み見と撲滅と沈黙を生贄にするってことが大切だと書いている。
泉水ちゃんもそういうところあったのかなぁ、テレビとかで見られんの嫌ったんだって、撲滅はアンチもいたんじゃない当時、なんせ才能に満ちてたから、沈黙は歌詞でも嫌だったと書いてる、トレースなしで撲滅かぁ、がんばるか、観念的だけど、これないといい結婚できないと思うし、結局、お互い最後は美学か、それじゃまた笑
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了
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