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評論 中上健次 「六道の辻」――悲劇の価値の高まりが、いかに価値ある個性を高めるかという問題について――

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南野 尚紀 

   1.イントロデュース


 古今東西、歴史に名前を残す偉人、そして美人は数多いるけど、歴史に名前を残すことがかなわなかった偉人のような性格をしたふつうのひとも数多いるはずで、そういうひとは歴史の本には載ることはないから、だれにも知られずに死んでいって、死んだあともだれからも思い出されることもないが、そういう人間なんじゃないかあのひと実は、っていうのは人生、大袈裟にいえば、存在について考えることそのものだったりもする。
 今の時代は、英雄とかはまったく流行らない時代だから、それとほとんどイコールで世の中がつまらなくなってるって考えることもできて、それでも光はさすだろう、中上健次やその他数人が、文学の世界において偉大な作品を描いてくれたからで、そのファンたるや強烈だから、きっといずれは世界に名だたる偉人を大作家のファンの中から輩出するかもしれないと僕は勝手に思ってる。
 中上健次自身、和歌山県の田舎で生まれて、部落の出身でもあったし、家も土建屋で、大荒れに荒れた挙句、お兄さんも自殺するし、その情熱ゆえにいろんな人間から反感を買ったけど、いい作家だと強く感じる。
 今回、取り上げる「六道の辻」は、存在について考えさせない世界がいかに残酷かということがテーマになっていると思うので、向上心ある方、ご興味があればぜひ。


   2.作者紹介



  中上健次氏は和歌山県の新宮市出身の作家で、新宮高校卒業後、予備校を経て、羽田空港で肉体労働をしたのち、作家になった人物です。戦後生まれ最初の芥川賞作家としても有名で、『推し、燃ゆ』を書いたことで知られる、宇佐見りんも中上氏を尊敬しています。「中上健次以降の日本の作家の作品は文学じゃない」と言う人もいますし、「中上健次の死=日本近代文学の終焉」と言う人もいます。
 予備校時代は、あまり勉強はしなかったようで、新宿にあったジャズ喫茶に入り浸って、悪い遊びをしながらジャズを聴きあさっていたのだとか。ジャズ喫茶ヴィレッジヴァンガードによく入り浸っては、友人と語り合ったという思い出は、ジャズ作品集『路上のジャズ』という本に克明に描かれています。その本のなかには、「鈴木翁二 ジャズビレ大卒」というエッセイもありますが、中上氏もまた「ジャズビレ大卒」だったのでしょう。結婚して、羽田空港で肉体労働をしたのちに、芥川賞を受賞し、有名作家になり、アメリカや韓国やフランスなどに滞在し、作家活動を展開しました。
 中上氏のことを、「気性の激しい性格の人だった」と言う人もいますし、「ジェントルでやさしい人だった」と言う人もいます。人によって、作品も人柄も賛否両論がわかれる作家なんでしょうね。
 一九九二年に他界された中上氏ですが、毎年、夏に「熊野大学」という和歌山県で行われる中上健次氏に関するセミナーには、多くの人が来ていました。
 その他、本人に関することで言えば、晩年は対人恐怖が募って、自室からあまり出ない生活を送っていたという説もあります。



   3.あらすじ



 主人公の中本三好は、十九歳でヤク中、アル中、窃盗常習犯であり、殺人犯であり、好きな女性を働かせたり、そういうのが平気な人物なんだけど、背中に龍の刺青を彫ってから、あんまりいいことがなくなる。
 最後、町でナンパした女性と、押し込み強盗に入って、亭主を殺したあと、その部屋で女性とセックスして、知り合いの老夫婦に匿ってもらった挙句、飯場、土建屋が働く場所で仕事をするんだけど、薬物のやりすぎか、目が見えなくなってきて、間違ってハンマーで自分の手を打ってしまい、地元に戻った。
 地元の居酒屋でヤケ酒をした際に、店の亭主に強盗をした仲間が土地の借用書を持ち逃げしたから、脅して取り返そう持ちかけるんだけど、断られたからという理由で、首を括って自殺する。
 自殺したあと、背中に掘った刺青の龍が空に舞い上がるようすをみたという老人がいて、七日間雨が降り続いて話は終わり。


   4.本論


 「情念」と「情熱」は相容れないとプラトンが言ってたけど、果たしてそうなのかと僕は思うことがあって、情念ない情熱、逆に情熱のない情念ほど悪いものもない気がしてる。
 結局は、人間の美についての考えがないってことだと僕は思うから。
 三好はこれだけいろんなことをやってたのに、最愛の女性とセックス中に、小便を飲ませてもつまんなかったし、盗みをやっても、人を殺しても、最愛の女性に小便を飲ませたのと似たようなものとしか思わなかったけど、薬物をやってるときは気分がよく、それ以外はまるで興味がないみたいで、結局、このひとは最愛の女性に人生を賭けたひとでもあったんじゃないかと思う。
 どんな理由で三好が犯罪を犯したかはわからないし、そのことは書かれてないけど、実際には三好の気の強さとか、存在感が世間から疎まれたからなんじゃないかって気がするし、実際にそういうひとはいる。
 三好は死ぬ前に寄った居酒屋で、自殺する前に、葬式饅頭でお坊さんのことからかったことがあったけど、あのときに坊主になってもよかったんだって、人生を回想するシーンがあり、その前後、居酒屋の亭主に「なんで目が見えなくなったんだ」ということを聞かれたときに、「血が腐っとるだけじゃろうけどの」っていったりもした。
 中本家は代々、遊び人の家系で、芸術や芸能には長けているけど、それ以外があまり得意でないとされていて、彼自身、それを負担に思っていたんだろう。
 僕が日本の小説でいちばん好きなシーンは、そのあと、店の亭主に、「オジよ、いっちょう、桑原のやつゆすらんか?」って聞いて、「安田の奴がやってるんでもうあかんな」って返されて、「どいつもこいつも気が小さくしみったれて生きてる」、「燃え上がるようにして生きて死んでいけないなら、死んだ方がマシだ」と言って、自殺する。
 そのあと、ボウフラのように生きてるのか死んでるのかもわからないまま、死んでくのと、命をかぎりに泣いて死んでいく蝉は両方、命だし、三好は犯罪を犯したけど、それを悪いとも思わなかったかぎり、三好に罪はなかったって書いてあって、実際、三好は罪のない人間だったけど、そういう悪い人間に仕立て上げられてしまったんだろう。
 ギリシャ古典とか、旧約聖書とか、ドン・キホーテとか、ダンテとか、いろんな古典がこの作品には参照できるから、ぜひそんなことも考えて、心の士気あげてってほしい。
 僕が思うのは、三好が最後に付き合った女性、「ヤクザものでもかまへんよ」だっけな、なんかそんな言葉いってたけど、あの女性に助けてもらうってことなんでしなかったんだろうってことで、別にその女性は男性のことを支えたりするのも平気だし、気立てもいいし、頭も良さそうだったし、美人だったみたいだし、なんでなのかなぁと。
 ボッティチェリは貫いたけどね、本当の美人への愛。
 中上の作品は、大抵、姉とか、美人の言うことに逆らった男が地獄に行く作品多いし、『岬』は腹違いの妹と会って人生変えようとして、結果続編で、弟と義理の父親を殺害する話だったし、中上健次がなんで義理の父親に敵を設定したかは、中上の母親の写真が電子版の全集に出てるので、ぜひ見てほしい、いかにも悪党は許さないって感じの気の強い女性だから。
 「六道の辻」は日本でいちばんの作品だと思う。
 こっちにはボッティチェリとか、ダンテいるから、世界最高峰の天才には及ばなかったとは思うけど。


5.参考文献


 中上健次 『千年の愉楽』 河出文庫


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