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帝政文学とフィレンツェ的な結婚

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南野 尚紀 

 Firenzeにいると、日本の中にあるとある問題について、考えることが増える。

 それはこういった問題だ。

 「日本人は、なぜ自分たちの住んでいる国が、J国でしかないし、それにあなたも同調するべきだという文化的な圧力を掛け合って生きているのか」。

 僕はFirenze大学の大学院に進学し、「日本文化史に見る、日本がいかにリベラルに精神的領域を侵略され、保守がそれに拮抗したか」という論文を書いて提出する計画があるが、この論文のテーマは、前述した問題提起と関係がある。

 せっかく、夜のドゥオーモ広場で、アペロ・スピリッツを飲みながら、ドゥオーモを眺めていたのに、神学や哲学的な議論が頭の中から離れない、いや、この街にいるからそうなのかもしれないが、とにかく、僕のエッセイのテーマはワンランク上がろうとしている。

 ダンテの『帝政論』の冒頭を読んだ。

 日本人がそのことについて語ることはあまりないが、ルネサンス期のイタリアは、世界の最上位概念である神学がもっとも栄えた時代と地域だ。

 僕はさまざまなことで他の人よりも迷うことが多いが、それは人間に固有の要素であるらしい。

 天使は思惟的実体とされ、可能理性を持っていないために、判断の価値基準が決定されているそうだ。

 それに対し、人間は可能理性を持っているため、世の中の状況に合わせて、可能理性で世の中を把握しようとするため、それに伴う判断基準が決定されていないらしい。

 僕が思うに、ダンテが『帝政論』で言いたいのは、普遍的社会の中で、各国家や人間などがどんな本質を持ち、時空間を超えた次元で、どんな働きをしているかを理解できないと、その国家や存在がどういう意味を持っているのかも理解できないし、それを理解し、行動することもできないと言うことで、それを理解し行動できる人間こそが皇帝になれるということだ。

 持論だけど、高次の概念を把握しているどうかと、それが状況にどう対応しているかを知ることだけが、人間のミッションであり、それができないと、偉大な人間や美人にはなれない。

 美人もそれを論理的な言語で的確に表現できない場合も多いが、直感や経験などを通じて、高次の概念を理解しているがために、低次の概念を持つ人間と関わらない環境に身を置けるし、高次の概念を把握している男性と結婚できるのだろう。

 高次の概念を把握している男性と結婚していない場合は、その美人は結婚に対して妥協をしたということだと僕は思っている。

 行動は後からついてくる。

 高次の概念を把握しているかが最優先だ。

 しかし僕の問題は、高次の概念をどう正しい形で表現するかであり、それは美学、あるいは、美学を言葉で表現する文学の問題でもある。

 この問題も根本的には、本当に素晴らしい本や芸術に触れ、本当の美人に出会い、考えるだけでいい。

 僕の人生のミッションの1つは、「たかがJ国でしかないし、お前もその一員だよな」、「左翼にも存在価値がある」という恫喝の根源を消滅させることだ。

 もう1つは、日本の保守を尊重しながら、日本の保守のマチズモ的な思想に寄りかからないで、Firenzeのスピリチュアルで神学的な伝統を尊重し、メローニ、トランプが実行しているファシズムの流れと邂逅しながら、女性の議論を更に活性化させて、東ヨーロッパという女性の帝国の誕生に一役買うことであり、目的は結婚とそれに伴う、美学、美の結晶を文章で広めることでもある。

 ベアトリーチェのような女性との結婚は、どのくらい先になるのだろう。

 彼女は、僕が40歳を超えたおじさんになっても、結婚してもいいと言うだろうか。

 最良の結婚をするために僕は、結婚までの待ち時間を大切にしなくてはならない。

 普遍的社会を知ることは、天上界の存在論を知ることでもあるし、仁美さんから上手にそのことを聞けば早いんだろうけど、彼女はもう結婚しているし、4ヶ月に1回しかメールを返さないから、聞くにも聞けない。

 ダンテの『神曲 煉獄編』で、ウェルギリウスが話している通り、最終的にはベアトリーチェに似た女性が現れるのを待つしかないんだろう。

 僕もなるべく認識をキレイにして、仁美さんに似た人に会いたい。

 今日は神学、哲学、帝王学の議論が燃え上がって、イタリア語に集中できなかった。

 いつか彼女に会って、言葉の安らぎを得たい。

了 

#南欧美学 #Southern Europa Aesthetics

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