南野 尚紀
クリスマスの次の日、未明の3時に目が覚めて、夜な夜な考え事をしていると、お腹が空いてきた。
バルが開く7時半まで待とうと思ったけど、どうしてもお腹が空いたので、駅前にある24時間営業のマクドナルドに向かう。
朝の5時半は、時々、散歩をしているおばさんがいる程度で、ほとんど人はいない。
アッラ・カラッイア橋を通り、サンタ・マリア・ノヴェッラ駅の方へ向かう。
この橋の通りは、ずっと南に行くと、サンタ・トリニタ橋、ヴェッキオ橋と同じくミケランジェロ広場に出る道に続く大きなロータリーに出て、道同士が合流するところに出るんだけど、他の2つの道に比べると少し寂しい感じがする。
今年の秋に行ったイスタンブールと、Firenzeの違いについて考えつつ、朝方のマクドナルドに着く。
マクドナルドは、若い人で溢れていて、いろんな人種の人々がいる。
クリスプベーコンバーガーというのを頼む。
イタリアのマックの店員の着ている黄色いマックのマークが入ったグレーのトレーナーのユニフォームが、妙にかっこいいなと思いつつ待っていると、番号が呼ばれる。
ベーコンは薄いけど、ホテルでよく出てくるベーコンみたいに、油をたくさん使っていて、カリカリになっているのがおいしい。
バンズも上の白ゴマがたくさん載っているもので、90年代の日本もそうだったなとか考えながら食べる。
食べ終わってから、店を出ると、ダンテ、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』のヴィーナスの絵が描かれたシャッターを発見。
ローマにも悟空と神龍とか、ルパンの描かれたシャッターがあったけど、イタリアはシャッターがオシャレだ。
ダンテとベアトリーチェが18歳の時に再会したと言われる、サンタ・トリニタ橋を通って、アッラ・カラッイア橋の通りに戻る。
歩いてる時、the brilliant greenの川瀬智子のことが気になった。
川瀬智子が「そのスピードで」などの曲でやったことのひとつは、自分の変えようもない要素で、抑えなくても害にならない要素を磨くことの価値を表現したことだと思うんだけど、それがどういう意味かが次の日の夜になってわかった。
イエス・キリストは、人類の罪を背負って、磔刑にされたと言われているが、ある特定のタイプの人々は、前世の罪業ではないが、捉えようによってはマイナスに見える要素を来世で引き継いで、その概念やカテゴリーが持つマイナスの部分をプラスに変えるべく、代表をし、受ける必要にない罰を引き受けると同時に、特定の概念やカテゴリーに光を与えるということをするらしいが、この話と川瀬智子の話がつながっているということがわかったのだ。
これは、その人間の魂の善性がそうさせている、としか説明がつかない。
つまり、罪の浄化を喜劇的冗談や美で行う人は、尊い人のだ。
ダンテももしかしたら、トスカーナのマイナスの部分に光を灯すために、この世に現れて、前世、今世の罪業なくして、罰を受けたが、トスカーナというカテゴリーに光を与え、判決をも変えた人なのかもしれない。
それはベアトリーチェとの恋愛とも関係があるだろう。
僕もそういう尊い人になりたいし、そういう尊い女性と結婚したい。
話はだいぶそれたけど、マクドナルドもある概念の代表だし、ジョブズが作ったアップル社もカリフォルニアンイデオロギーの代表だ。
ロゴや象徴的なアイコンっていうのは、自分の代表してるカテゴリーと関係がある方がいい。
マクドナルドのマークの「m」は、そういう視点からも意味深い。
ダンテ、ボッティチェリのヴィーナス、プリマヴェーラ、ダヴィデ像は、フィレンツェのアイコンだし。
僕も90年代生まれなど、いろんなものを代表する作家になりたいなぁ。
夜のFirenzeの写真、僕は気に入ってるので、どうぞ。





了
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