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Primaveraに魅せられた、愛の揺らぎをとらえるボサノヴァ

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南野 尚紀 

 ボサノヴァは古い音楽だけど、聴くのは悪い音楽なのだろうか。

 そんな世間の風潮が好きじゃない。

 だからいっそのこと、好きな女性と2人で、だれの目も届かない部屋で、オンラインでできる仕事だけをやりながら、静かに暮らしたい。

 理解のある人とだけ会って、水平線を眺める灯台守のように暮らしたい。

 「ボサノヴァは、日本で言うところの演歌みたいなもんだ」。

 「ボサノヴァが好きなんですよ」と言ったら、とあるブラジル人女性にはそう言われた。

 ダンスの上手な、大胆なところのある女性だったのを覚えている。

 僕がボサノヴァを好きな理由は、東ヨーロッパがソ連の束縛から解放された90年代の音楽が好きで、ルネサンス期の文化が好きなことと関係があるだろう。

 ソ連崩壊後、本来だったら向き合うべきだった、東ヨーロッパの捉えどころのない美や価値観と向き合わず、世界が逃避してしまったこととも関係があるだろうし、4年前から起こっているロシアのウクライナへの軍事侵攻は、その問題が直接的に表面化したことのい一端だ。

 暗さを含む高貴な精神美を世界は理解しようとしない。

 今の音楽も明るくて好きだけど、その問題を意図的に排除しようとしているところが好きじゃない。もっとも、古今東西見渡しても、東ヨーロッパ的な美を理解しようとしたのは、ルネサンス期と、1900年前後と、1990年代くらいだろうけど。

 そのほかで例外的に、この問題と向き合ってたのが、ボサノヴァとジャズだと僕は思ってる。

 たとえば、ジョアン・ジルベルトが歌うボサノヴァの名曲「Corcovado」。

 巨大なキリスト像がそびえ立つコルコヴァードの丘が窓から見える部屋で、ろうそくの火が消えるまで歌いたい。

 悲しみと孤独、疲れ果てた人生に光を与えてくれた人、愛することのよろこび、きらめいている日々のために。

 そんな意味の歌詞を持つ歌だけど、僕も今夜、エッセイの筆で歌いたい。

 いつか出会う彼女のために。

 彼女はきっとリアリストだけど、愛に聡いし、愛に弱い人だろう。

 だれも思いつかないような切り口の言葉で、僕を驚かせる人でもあるかもしれない。

 心と心の壁を軽く超えてくる淡い言葉で、捉えどころのない愛の問題について意見を言う。

 スパークリングワインを一口飲むと、田舎っぽい言葉で僕の文句を言ったりもするし、そうかと思えば、ジャズのセッションのように言葉を絡ませてもくる。

 不思議な人だ。

 ベッドに横になっても、一睡もしない夜の言葉。

 遠い目で、ベランダばかり見つめている。

 早く愛を呼んで。あなたのボサノヴァのピアノみたいなやさしい言葉で。部屋の外のだれかに見つかったら危険だから。愛がどっかに逃げちゃう前に、愛を呼んで、早くあたしを捕まえて。

 汲んでも汲んでも汲み尽くせない愛の言葉で。

 僕は彼女をPrimaveraだと感じる。

 僕はボッティチェリの絵画の端にいる、木の枝で天国を見ようとしてる滑稽な男。

 揺れている愛の本質をもっと捕まえて、確かめたい。

 僕はこんなエッセイを4、5年前に、書いていた。

 ひどい非難があったり、金にならないと迂遠に言われ、論理で書くことを決意したのは、2年前だったけど、僕もまたこういうエッセイを書きたい。

 春の真っ白な風に吹かれたような、やさしいタッチで。

了 

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