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評論 保坂和志 第75回 「鉄の胡蝶は記憶を夢は歳月を掘るか」 保坂さんは最高だけど、女性は嫌いすぎるくらい嫌いだし、やっぱり女性は神なんだろうと思った秋の夕べ

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南野 尚紀 

 保坂和志がずいぶん前から、『群像』でエッセイのような小説を書いてるということは、Instagramの情報とかで知ってたけど、積ん読が多いと、なかなか文芸雑誌までは手が伸びないもんで、実際、仕事を真剣にしてると文芸雑誌を読むなんていう時間は明らかにない。

僕はリベラル思想とかはまるで興味ないし、資本主義の反対に位置してると言われている共産主義思想なんかもっと興味がないから、そこに関して、保坂さんの小説を読んでもなにも思わないんだけど、驚いたのが、僕が思考塾で、「村上龍が女性をモノとして見てる」とか、「講演を聴いてる時に、保坂さんが昔、小説で書いてた落ちこぼれだけを集めて塾をやりたいっていうの思い出して、泣けてきちゃいました」とか、「ベケットはある人々にとって救いだけど、やはり社会的説明責任という意味で、偉大な作家ではないし、賞賛されていい作家ではない」ということや、聞かれた挙句答えた石原慎太郎の話まで話してしまったんだけど、偶然とは思えない、明らかに自分の話してたことがどこか頭の片隅にあって書いたとしか思えない内容のことがエッセイに書いてあって、保坂さんのファンとしてうれしくて涙が出そうだった。

「フェミニズムとは、リンちゃん、かわいいねー!と、リンちゃんのお腹に顔をうずめること」とか、高校3年の受験の時にアイデンティティという言葉を知ったんだけど、その隣に説明で、「身分証明書はidentifyするカードなので英語でIDカードと言う」と書いてあったという爆笑発言があって、保坂さんの文章はイキイキしてて最高だなと思うんだけど、保坂さんは自分の存在を存在論として立証されてしまうことと、女性が大嫌いなんだなと。ハイデガーの現前性を存在のそもそもの要素として捉える考え方に感動したと書いてるのも共感がなくて、僕はハイデガーの存在論って、引用や解説でしか知らないけど、まったく響かない。

 僕はむしろ、存在論を超えて、天上界で自分がどう存在してるかとか、自分の存在がどうすれば神に近づくかとか、むしろ中心人物の存在論を深く考えることで、自分が神に近づくという認識が明確にあるから、保坂さんの考えてることはわからない、というか、子どもの頃、少しはそんな感覚あったなってだけで、文学を知るとそんな考えには思い至らない。

女性に関しては、途中で、ノンを突きつけられるのが、私にとっての女性と書いていたが、これも理解できない、女性を理解したい、南ヨーロッパ、東ヨーロッパ伝統の女性らしさを保守する女性、それに共感的な男性を理解することが文学だと、大袈裟に聞こえるようだけど、文学の本筋として偉大なことを書いている文学者はこのタイプは多いからそう言っても過言ではないし、古今東西普遍の法則や、古今東西どこでも不快や悪だとされてきた考え方を参照しても、これは明らかだ。

 僕は女性にはノンと言われたくない。

女性にイエスと言われてこそ、人間としてのよろこびがあるわけであって、女性らしさについては、僕がエッセイで散々書いているので、読んでいただきたいが、女性というのは、人の心を大切にし、それが存在論(究極を言えば、誰々ってこうだよねとか、あの人はこういうところがあるけど、これはこういうことが理由らしいとか、そんなことでも正当性があれば、それは存在論だ)や物ごとのエッセンスを考えることに繋がり、女性らしい女性やそのような女性を賛美できる男性こそが本来、それにすぐれているということはある程度、文学をやると自明で、保坂さんは、本来あってはならない存在論的な否定をモンスターや悪に味わされ、それを女性らしい女性のせいと思い込んでるのではないか、「女性は最高です」と今度、保坂さんに言いに思考塾に行きたい。

なにがこの小説がいいって、山の修験者みたいな思考をAIに埋め込めばいいって書いてあったり、山梨の家では家事労働が女性のものだけではないが、工場労働に行く兄に稲荷寿司を渡しに行ったり、仕事の合間に家でみんなでごろ寝したり、鎌倉の家では最近、ウグイスの声が聞こえなくなったとか、いろんなことを書いていて、エコロジーの思考がすごく長けてる、その部分が、ヒッピーの先輩として尊敬する。

もっとおもしろいのが、プラトンを散々否定しておいて、最後が、プラトンの『饗宴』のソクラテスそのままで、愛について語る場で、いろんな人の意見を否定したり、まとめたりするくせに、最後、自分はディオティマという女性が、徳の子は魂の恋人と、肉体の子は肉体の恋人と作ると話してて(これは人間の出会いを存在論の次元で考えた時にも、実感を伴ってわかる話だ)、これ以上の話ができる人間はいるかと話したあと、酔っ払いが入ってきて、ソクラテスは普段は鈍臭いがこんな武勲を立てたすごい奴なんだと話して、最後みんなで風呂に入りに行く、みたいなあの流れと保坂さんの小説の流れがそのまま同じで、結果として、プラトンが書いたソクラテスも保坂さんも、フェミニズムについても女性についてもほとんどなにも語れていない。

この話を思い出して、天上界での恋人とはセックスして、子供を産むって考え方は確かにないらしい、天上界では明らかに家族って考え方がないらしいからっていうことまで思い至った挙句、保坂さんは既成概念にあらがうことを近代哲学以降の姿勢を継承してずっとやってるのに、なんで家族観だけは旧社会の体制が作ったものそのままなんだろう、僕が尊敬してる安倍首相とそこがそのまま似てるとも感じる。

保坂さんは天才なので、これからもイタリアから帰ってきた時に思考塾に参加して、感動の涙を流そうと、心に誓ったのは、秋の夜のマンガ喫茶でのことだった。

了 

『群像 2024年11月号

プラトン 『饗宴』 岩波書店

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