南野 尚紀
1. イントロデュース
「旅は人に出会うためにある」と本小説には、書いてある。
不思議なことだ。
ある土地では、あの人に似てる人が、別の有り様で存在し、また別の土地では別の有り様で存在している。存在論というのは、人との出会いを通じて、天上界のことを知ることこそが重要だ。
天上界で楽しく生きている神様たちが、天上界の有り様を知らせてくれる時、それが地上界でのその人の人生と相関関係があることを知る時、存在は花開く。
主人公の僕がインドを旅して知ったのは、自分の天上界での地位が高いことと、自分を支援してくれる仲間が多く存在し、インドではなぜか不幸を背負わされていることもあるし、彼が西に行くにつれて、人の様相が変わってくることでもあるはずだ。
それも途中、タージ・マハルホテルで会った女性だけが例外として、登場することに重みを感じる。
それこそが、存在論の奥義であり、タブッキが小説に込めた、ある女性への敬意だったのかもしれないし。
2. 作者紹介
一九四三年、イタリアのピサに生まれる。小説家、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの研究者。シエナ大学で教鞭をとっていたこともある。代表作は『レクイエム』、『供述によると、ペレイラは』、『遠い水平線』、『いつも手遅れ』。『供述によると。ペレイラは』では、カンピエッロ賞とアリステイオン賞を、本作でフランスのメディシス賞外国小説部門を受賞。その他、オーストリア国家賞も受賞している。
翻訳者の須賀敦子自身は、タブッキ氏に会ったことがあるそうだが、「神経質で緊張する」という内容のことを述べていた。自身の作品が映画になったときに、映画撮影の様子を見ていたが、突如、昔の知り合いに似た人間が通り、その人のあとを追いかけて行ったというエピソードも『ユリイカ』に書かれている。
3. あらすじ
シャビエルという失踪した友人を探し、インドを旅する主人公の僕は、行く先々で神秘的な出来事に遭遇する。
売春婦をやっている女性にシャビエルの話を聞いたり、病院で医者と病気の話をしたり、プラットフォームで男と宗教の話をしたり、ホテルで男からお金をもらって、生活の糧にしてるらしい女性と詐欺や追われることについて話したり、神智学協会でおじさんと文学の話をしたり、バスが停車した場所で、男の子と魂の話をしたり、俳優を名乗る男と対話する夢を見た後、神父に看病してもらったり、ゴア海辺で思い出について男と話したり、ホテルのレストランで若い女性と小説について話したりする話だ。
話の途中に、不可解な出来事が起きる中、彼は存在や魂の意味、そして出会いの意味を知ることになる。
4. 本論
『インド夜想曲』の中に秘められた物語を読み解くには、登場している人物がどんな人物なのかを知る必要がある。そして、なぜその人物がそのように存在していたかを考えないとほとんど読む意味がないし、どの人物が他の人物とどんな相関関係になってるかも重要だ。
僕が登場人物の中で愛着が湧いたのは、僕以外では、タージ・マハルホテルで会った女性と、バスが停車してる時に会った小さい男の子で、この2人は他の人よりも神秘的な印象を受ける。
なぜその人がそのように存在してたかを考えた場合、小さい男の子の持つ重要な要素は、畸形の猿としか見えない兄を肩の上に乗っけていること、彼が占いの翻訳をしてること、英語が話せること、僕にとって重要なことを伝えたことだろう。
畸形の猿にしか見えない兄は、僕が目を合わせられないくらいの畸形なのだそうだが、この兄もなぜなのように存在してるのかを考えてもいい。あるいは、その罪業について推測してもいい。
重要なのは、男の子が翻訳を通じて教えてくれた内容で、今のあなたはマーヤー(地上での仮の姿)でしかないから、占えない、アントマン(個人の魂)は船の上にいて、光が満ちてると僕に伝えている。
その時、過ぎ去ったことと、これから起こることと、今の行いだけがあると思ってたということを、僕は言うが、この男の子は小説内で、一部の人だけが、人に自分の現在の行いは、天上界や魂が下してる伝令の結果がほとんどであり、現在の行いによってそれが変わる可能性も持っているということを伝える役割を持っているということで、これが普遍の真実なんじゃないかということだ。
つまり、男の子も天上界のことを知ってるということは推測ができるし、天上界では天使のような姿で存在してるということも推測がつく。
小説の表層だけを読むと、そのことはわからない。
しかし、人生を知り、人との出会いの中で、存在の意味について知れば、存在の意味の深い人こそを愛せるのだろう。
そういうことも込みで、僕が男の子と出会った意味は深いのだろうし、僕も同じような出会いがあったので、この出会いの意味がよくわかる。
タージ・マハルの女性は、僕が宿泊してる部屋に忘れ物をしたと取りに来て、会話をし、僕のトランクケースを盗むが、それがわかって返す。
彼女が魅力的なのは、忘れ物の中にある手紙を僕が読んで、書き写したことがバレた時に、彼が「でも、だれに宛てたのかも、僕は知らない。あなたをひどく苦しませた男、僕にわかったのはそれだけだ」と言った後に、「あいつは金持すぎたのよ」と言い、「お金さえ出せば、なんでも買えると思ってたのよ。人間まで」と彼女が言ったと書かれてる。
ここのユーモアは、なかなか人生の深みを知らないと書けないなと僕は思うんだけど、僕の推測では、彼は一見、やさしいし、そんなに尊大に振る舞うタイプでもないが、どこかでお金にルーズなところがあって、それを女性のために使ってしまうタイプなのだろう。
彼女が彼に対して思ってることはもっとありそうだけど、結局、彼女も彼のお金を詐欺まがいの行為で奪い取って、人生の糧にしてるし、言動から彼もそれを大目に見てる可能性がある。
僕がこの小説を読んで深いと思ったのは、ダンテとベアトリーチェの物語を思い出さずにはいられないからだ。
要するに、ダンテとベアトリーチェのことを書かずに、2人のことも書き、タブッキ自身の存在についても書いてるということが、この小説のレベルの高さであり、作中で、偽名を使って詐欺をやり、その名前でホテルであった女性が存在してなかったことを話していることからも推察がつく通り、彼女のアントマンが天上界で伝令を送って、地上で存在してるのが、彼女なのだろう。
つまりこの小説には、神秘的な力が宿っていて、それを顕在化させたのが、この女性やダンテやベアトリーチェの力だということだ。
イタリア文学に伝統的に宿っている魂や天上界を尊重する価値観や魂の高貴さは、神様のような人間が存在の魂を描くことにより、一層深みを増し、それが人々を神の国に近づけるのだろう。
5. 参考文献
アントニオ・タブッキ 『インド夜想曲』 白水社
了
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